2009年11月28日土曜日

wandering shibata


そうです。12月は活動します。

4cussite第3回写真展「wandering shibata」決定!!

ただいま福ちゃんがフライヤーの方を鋭意制作中。

フライヤーや詳細はしばしお待ちください!!

コンセプトは

近頃めっきり彷徨っている柴田を三人が色んな角度から切り取って、如何に工夫や趣向を凝らして行ったら、より良い人生の迷い方が出来るのかを見つけ出す。

ということです。





ってそんなわけあるかいっ!!

嘘です。何もかも嘘です。

あ、いやいやたった一つだけ真実があった。

そう、柴田は今この時間も東京のどこかを彷徨っていますw

カメラ、三脚を持ってw

その連絡を僕が受けたのは、バイトを切り上げようとしていた昨日の夕方6時前。

「あ、俺さ、今日バイト行ってそのまま終電なくなったら誰もいない東京巡って写真撮ってくるわ。」

ガチャ。ツーツーツー。

ということで、どうやら今現在も彼はどこかを目指して東京の街を彷徨っている模様w

先ほど、2時半頃は銀座にいたみたい。

ということでここに書くことが応援かなと思って簡単な柴田レポートを書いてみたイナガキでした。

いやー、なんだろう、あいつジャックケルアック*1の影響でも受けているのか。

ケルアックのOn The Roadでは、「みち」がroad、way、street、taoなどと書き分けられているんです。

日本語でも、「みち」と言えば、道、路、途などなどありますし。

また被差別部落出身の作家中上健次*2は、被差別部落のことを「路地」と表現している。

ということから、路地とは?ということを授業で考えて東京を歩き回ったことがありました、そういえば。

人が歩いてればそこに道ができるのか、道があるから人はそこを歩くのか。

そんなことはわかんないですけど、まぁ人と道は分ちがたく密接な関係にあると、そんな感じだと思う。

それに誰しも人生という名の道を歩いているわけで。

踏み外したら意外にこっちの方が歩きやすかった、少し道端で休憩しよう、どうにも八方塞がりだ、霧がかかって先が見えないと色々あるでしょうけども、長くとも短くとも歩ききれば良い訳です、歩ききってみなきゃその道がどんな道だったってことは言えない、そう思って歩いていこうと思います。

ということで、柴田頑張ってw

きっと後日フリッカーかここに写真を貼ってくれることでしょう。



*1ジャック・ケルアック
Jack Kerouac1922年3月12日 - 1969年10月21日)はアメリカ小説家詩人で、ビートニク(ビート・ジェネレーション)を代表する作家の一人。『路上』『孤独な旅人』などの著作で知られる。大半は、コロンビア大学を中退して以来のアメリカ放浪と遍歴の生活をそのまま下敷きにしたもの。出生時の名前はジャン=ルイ・ルブリ・ド・ケルアック(Jean-Louis Lebris de Kérouac、Jean Louis Kerouacとも言われる)。

*2中上 健次

(なかがみ けんじ、1946年8月2日 - 1992年8月12日)は、和歌山県新宮市生まれの小説家和歌山県立新宮高等学校卒業。本名は、表記は同じだが読みは「なかうえ」。妻は作家の紀和鏡、長女は作家の中上紀、次女は陶芸家で作家の中上菜穂。

被差別部落の出身であり、部落のことを「路地」と表現する。羽田空港などで肉体労働に従事したのち執筆に専念。初期は、大江健三郎から文体の影響を受けた。柄谷行人から薦められたウィリアム・フォークナーに学んだ先鋭的かつ土俗的な方法で、紀州熊野を舞台にした数々の小説を描き、ある血族を中心にした「紀州サーガ」とよばれる独特の土着的な作品世界を作り上げた。1976年(昭和51年)、『岬』で、第74回芥川賞を受賞。戦後生まれで初の芥川賞作家となった。1992年、腎臓癌のため死去。46歳だった。

ウィキから抜粋


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